東工大の学食のおばちゃんの話

こんにちは、さわちゃんです。

今日は、大学の学食のレジのおばちゃんについて、

思うことがあったので記事にしました。

 

ブログタイトルにもある通り、僕は東工大に通う学部4年生です。

 

理系大学の学部4年というのは、必ず研究室に所属しないといけないことになっているのですが、

そんな研究室に配属して、もうすぐ3ヶ月になります。

そのくらいの期間ある環境にいると、

良くも悪くもその環境、そのコミュニティに「慣れ」てきているのを感じます。

 

研究室って、一般の方にはあんまりイメージ湧きませんかね笑

少し前に人気テレビドラマの「ガリレオ」ってありましたよね。

福山雅治が演じる湯川先生は、ある理系大学の研究室の教授という設定でした。

 

時々、ドラマ中のシーンで研究室の学生と実験しているシーンがあったのですが、

それを覚えている方は、まあだいたいあんなイメージです。

まあ、あんな教授はかっこよくないですし、あんなおもしろい実験はしないですけどね。笑

 

おっと、話がそれました。

 

研究室というコミュニティに「慣れて」きているという話でした。

つまり、

どの先輩がどんな性格で、

どのくらい真面目にやらないといけない空気なのか、

自分がどういった立ち回りをすれば自然体でコミュニティ内にいることができるか。

そういった事柄が、自然と身についてくるのがこの時期です。

と同時に、

はたから見ると理不尽なことが当たり前に感じてきたりします。

いわゆる、「そのコミュニティの常識」が植え付けられる時期でもあります。

 

例えば、コアタイムなんかあってないようなものだったり、

会社で言えば雑用しかしない、残業が当たり前、意味のない飲み会…と言ったところですかね。

「常識」って、絶対に正しいものではなくて、ただ偉い人がこれを当たり前とすると決めたものに過ぎないわけですよ。

余談ですが、「常識」ということについてだけで長めの記事が書けそうです笑

でもそれはまた今度。

 

また話がそれちゃった。

 

この春、僕と同じように、

生活が激変した人はたくさんいるはずです。

僕は浪人しているのでまだ学部4年生ですが、同級生はみんな春から就職していますし、

もちろん春から高校生、

春から大学生、

春から研究室生活、、

 

といった方もたくさんいると思います。

「慣れ」って本当にこわいんですよね。

慣れ。

 

「慣れ」という話で思い出したのですが、

「茹でガエル」の話ってご存知ですか?

 

もし知らない方がいたら、

心の片隅にこの話を置いておくと良いかもしれません。

いわゆる例え話的な話です。

「茹でガエルの話」

例えば、鍋にグツグツに沸騰したお湯が張られているとしますよね。

そこにカエルを入れるとどうなると思いますか?

たぶん、熱くてピョン!ってすぐ鍋から飛び出して逃げてしまいます。

では、こういう場合はどうでしょう?

 

鍋に冷たい水が張られていて、そこにカエルを入れておきます。

カエルってのは冷たい水の中が好きなので、ずっと水の中で遊んでるはずですよね。

その鍋に、だんだん火を加えて温めていくんです。

するとカエルは、どうなるでしょう。

カエルはだんだん熱くなるのに気づかず、

しまいには茹で上がってしまうのです。。。

以上が「茹でガエル」の話です。

この話を通してなにが言いたいか、察しの良いあなたならわかりますよね?

 

少しくらい周りの水の温度が上がったところで、

大した変化じゃないので気付かないんです。

 

逆にその環境に順応してしまいます。

「慣れて」いくのです。

 

それの積み重ねで、どんどん水の温度は上がっていきますよね。

もう既に、はじめの水の冷たさなんてとうの昔に忘れて、

水の温度は「その温度で当たり前」になっていきます。

それで、やっと「なんか熱くない?」と思ったとしても、

それまでとそんなに環境は変わってないので、我慢できちゃうわけです。

すでに慣れてるんですから。

 

それで、しまいには、

「気付かないうちに限界を迎える」

わけです。

 

 

僕が初めてこの話を聞いた時、

ブラック企業ってこういう理由で、簡単にやめられないんだろうなぁ。。

と感じました。

 

でも、よくよく考えてみると、

この話って、どのコミュニティにおいても成り立つ話じゃない?って思ったわけです。

 

「今までこうだったししょうがない」

「大変だけど、今なんとか頑張れてるし」

「惰性でずっと続けてきたから辞めるに辞められない」

頑張り過ぎなこと、も、

だらけすぎなこと、も、

「今でこそその状況が普通になってる、あるいは普通だと思い込んでる」

に過ぎないってことはないですか?

これが「慣れ」の怖さだと、

僕は認識しています。

 

カエルの例でいうと、

茹でガエルにならないためには、

だんだん水が熱くなってきていることを気付かないといけませんよね。

 

少しでも熱いと思ったら、ピョン!っと逃げ出すことができなければいけません。

 

カエルでいう「逃げる」というのは、人間でいう「何かいつもと違う行動をする」ということ、

つまり

勇気

が必要だということになります。

 

この、勇気。

勇気を出すことって、めちゃくちゃ大変。

そんなことを最近考えていた時に、

いつも東工大の学食にいるレジのおばちゃんの存在を思い出しました。

 

 

やっと、タイトルの「学食のおばちゃん」が出てきました。笑

 

東工大生の方ならもしかしたらお分かりになるかもしれませんが、

学食のレジのおばちゃんの中に、

声がほとんど出せない方がいらっしゃいます。

 

おそらく声帯が機能しないのか、

喉を潰したような微かな声を出せる程度です。

 

それにもかかわらず、

毎回レジで

「いらっしゃいませ」

「〇〇円になります」

「〇〇円のお返しになります」

「ありがとうございました、ごゆっくりどうぞ」

と丁寧に仰って下さいます。

 

それにもかかわらず、という言い方をしましたが、

その人にとってはもう当たり前のことなのかもしれません。

 

今までは、この人のレジの時は

「いつも大変そうだなぁ」

ってくらいにしか思ってなかったんですけど、

 

最近こういう考えが浮かぶようになりました。

もし僕が声出せなくなったら、声を使う仕事は避けるだろうなぁ、と。

 

もしあなたが、思うように声が出せなくなったらどうしますか?

今の仕事を続けられますか?

ある程度声を使うような仕事を新しく始めようと思いますか?

 

そのパートのおばちゃんがいつ声帯を患ったか分かりませんが、

こういうふうに考えた時に、このおばちゃんのことを僕は尊敬する存在になりました。

 

そのおばちゃんは、僕が客観的に見た感じ、

思うように声が出ないことを全く負い目に思ってないように見えます。

確かに少し聞き取りにくいのですが、それを申し訳なさそうな態度をとってるわけでもなく、

いたって普通に仕事を淡々とこなしているように見えるのです。

 

既に「慣れ」ているんです。

 

この「慣れ」ってのはさっきまで言っていた悪い意味の「慣れ」ではないですよ。

 

声が変な人だなぁとか、聞き取りにくいなぁとか、思われても全く気にしないか、

そもそも変に思われてるかなぁ…なんてことをこれっぽっちも考えてないかもしれません。

 

 

おそらく、このおばちゃんと同じことができる人はそういないはずです。

 

それだけ、勇気を出せる、というのはすごいことなんです。

 

 

ということはですよ、

特に何もスキルとかがないような方も、

勇気を出せる、いつもと違う新しい行動ができる

ということができるだけで

人一倍すごい存在になれるわけですよ。

 

むしろ、僕は東工大生な訳で、

世間的に見れば高学歴に見られると思うんですが、

僕は全く高学歴であることにメリットって感じないんです。

 

あえて言えば就職に有利ってのがありますが、

それは

「収入がいい大企業の就職が確約されているから高学歴はメリット」

という、

「雇われることしか選択肢にない人たちの常識」

でしかないと思っているので、

 

そういう常識を持っていない僕にとって何もメリットはないんです。

 

あえて言えば、ブログのタイトルに使えばある程度集客できるかなぁってくらいですかね。

 

そう考えると、学歴なんてのも関係ないんですよ、人生において。

 

日本ってなんだかんだ学歴社会って言われてますけど、

そんな常識をみんな持ってくれれば、有能な人材が「使われる人」になってくれるから、

「使う人」にとって都合がいいじゃないですか。

 

雇われの身になってくれれば、

「使う人」にして見れば固定給を毎月払っとけばいいし、

その金が払えなくなれば首切ってもいいっていう風にできる。

合法的にパシリにできるじゃないですか。

だから偉い人がそういう「常識」にしてるだけなんですよ。

 

ああ、また話がそれた笑

 

つまり、何が言いたいかっていうと、

 

今の環境、悪い意味で慣れてないですか?

一度、客観的に自分が置かれている環境を俯瞰してみて欲しいです。

必要以上に無理して頑張ってないですか?

 

もしかしたら、あなたの気づかないうちに

だんだん熱せられて、どんどん水がお湯になっていって、

しまいにはカエルのように茹で上がってしまうかもしれません。

勇気を出すこと、何よりも大事

その環境で、不満や不安があるのであれば、

いつもと違う行動をする「勇気」を持つべきです。

 

まあ、とは言っても、、というのが実際のところだとは思いますが、

 

そのままにしていると、

どんどんその環境の中でしか通用しない「常識」に汚染されて、

どんどん深いところまで落ちて這い上がりにくくなってしまいます。

 

まあ、そのうちね、、と考えていては一生行動はしません。

 

学食のおばちゃんのように、

周りの目など「それがどうした?」という態度ができるような生き方って、

めちゃくちゃ楽じゃないですか。

めちゃくちゃ魅力的じゃないですか。

 

 

この記事が、

少しでもあなたの心に響けば、それほど嬉しいことはありません。

 

さわちゃんでした。

また別の記事で会いましょう〜

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です